父の相続を迎えて
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私の父が5月に亡くなりました。95歳でした。
通夜、告別式、49日、百ヶ日、新盆と立て続けでした。
今まで、母の法事などは父の指示に従ってやればよかったのですが、今回はそうはいきません。
手探りでやりました。
法事の段取り、法事参加者の選別、お布施の額・返礼品の内容や額の決定、あいさつ文の作成などなど、
何が何やらわからずに終えた感じです。
多少の不手際はあったでしょうが、何とか、恥ずかしくない程度には出来たのではと思います。
父とは、相続の件は比較的オープンに話ができたと思います。
世間では、なかなか話が切り出しにくいものと言われますが、我が家の場合は、父の方から遺言書を作ってあると言ってくれたので、その後の10年間で相続対策をじっくり打つことができました。
父の方針は決っていましたので、それに乗るだけでした。お蔭で資産もあまり減らすことなく対応は出来そうです。
父は職業軍人でした。戦友との交流も戦友会には出席しなくなったものの、年賀状のやり取りはこまめにやっていたようです。95歳になれば戦友もだんだん少なくなりますが、その中で、6月に宮崎県の戦友の方から父宛に挨拶状を頂きました。お盆も終え、私は父が亡くなったことを知らせるため返事を書きました。
その方も95才で、昨日、私の手紙に対し便箋4枚のお返事を頂きました。
ふるえる筆跡ではありましたが、戦地でお世話になったことや、戦争中のこと、転戦転戦で共に苦労したことなどについて懐かしく思い出すと記されてました。そして、また一人戦友がいなくなることの寂しさも綴られていました。
「相続」という言葉には、「財産」とか「兄弟姉妹のもめごと」というイメージが付きまといますが、父がはっきりと方針を出していてくれたお蔭でそのような悩みもなく、逆に、父の戦友の方と交流が持てたことが、人と人との関わり合いの大切さを教えられた様で、清々しささえ感じました。
これから、毎日、父、母の供養をしてまいります。
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